artspace and cafe

2022.8.3(Wed)-2022.8.21(Sun)

11:00~18:00(最終日は16:00 まで)

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 「岩本さんさあ、僕、なんか癌になっちゃってさあ。」
 2011年6月初旬、携帯電話の向こうから聞こえてきた宇佐美さんの言葉でした。 「…とにかく僕が元気なうちに、できれば来年3月くらいに展覧会をやれないかなあ。」
 当時大岡信ことば館の館長をしていた僕は、何とか企画を入れ替え翌年2012年3月から6月の3ヶ月間を宇佐美圭司展に充てました。 ここから宇佐美さんが亡くなる2012年10月まで、宇佐美さんとのとても短くとても密な時間が始まりました。
 初めて伺った国立のアトリエは白い光が溢れる瀟洒な建物でした。すでにアトリエ機能は福井の越前町に移 された後だったので作品倉庫という趣でしたが、長い制作と生活の時間の蓄積が、宇佐美圭司の身体の一部で あることを強く主張していました。
 越前のアトリエは日本海に面した崖の上にありました。海と空と緑が同時に味わえる豊かな環境が、一見幾 何学的に見える宇佐美作品を裏で支えていたのではないかと思えました。越前のアトリエは広く、天井は高く、 この空間が宇佐美圭司の宇宙を押さえつけずにいてくれたんだなと思いました。
 とても短くとても密な1年半でした。何度もアトリエに伺い、話をしたり、食事をしたり、海を眺めたり、 映像を撮らせてもらったり…、1分1秒が本当にかけがえのない時間でした。宇佐美さんは病に冒されながらも、 最期までキャンバスに向かい続けていました。最期の作品は完成をみることはありませんでしたが、宇佐美圭 司の揺らぎない感性がそこにも他の作品と同じように深く刻まれていました。

岩本圭司(造形家・artspace & café 代表)



宇佐美圭司 Keiji Usami
1940年 大阪生まれ。
1963年 初めての個展を南画廊で開催。
1965年「新しい日本の絵画と彫刻展」に出品(ニューヨーク近代美術館)。
1967年「第5回パリ青年ビエンナーレ(パリ市立近代美術館)」に日本代表として出品。
1969年「レーザー・ビーム・ジョイント」展をジューイッシュ美術館(ニューヨーク)で開催。
1970年「Expoʼ 70」鉄鋼館、スペースシアター設計のための美術監督となる。
1972年「ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館」で個展を開催。
1989年「第22回日本芸術大賞」受賞。
1992年「宇佐美圭司回顧展 世界の構成を語り直そう」を開催(セゾン美術館、大原美術館、ライカ本社ビル)。
2001年「宇佐美圭司・絵画宇宙」展を開催(福井県立美術館、和歌山県立近代美術館、三鷹市美術ギャラリー)。
2002年「芸術選奨文部科学大臣賞」受賞。
2012年「宇佐美圭司 制動・大洪水」展を開催(大岡信ことば館)。
2012年10月逝去。

岩本圭司 Keiji Iwamoto
1956年 静岡県生まれ。
1979年 東京芸術大学工芸科卒業。
1981年 同大学院鋳金専攻修了、神奈川県美術展準大賞。
1990年 第 1 回甲府市まちなかの彫刻展大賞。
1993年 写真集「KAKITAGAWA」出版 ( 株式会社増進会出版社)。
1994年 モノオペラ「銀杏散りやまず」(原作・出演:辻邦生、美術:磯崎新)にてビデオ映像担当。
2011年~2017 年大岡信ことば館館長。
2017年~2018 年吉増剛造「涯テノ詩聲」展にて言葉の造型及び展示デザイン(足利市立美術館、沖縄県立美術館、渋谷区立松濤美術館)。
2018年「福島の吉増剛造」展にて言葉の造型及び展示デザイン(福島県立博物館、はじまりの美術館、埴谷・島尾記念文学資料館)。
2019年 足利市にギャラリー「artspace & café」をオープン。